転生したのに0レベル
〜チートがもらえなかったので、のんびり暮らします〜
107 通行証と大人の思惑
ロルフさんのお家の人たちとの挨拶も終わったと言う事で、僕たちは今度こそ帰る事になった。
「ルディーン君。次は何時ごろ来る事ができるのかな? 私としては10日ほどで来てもらえると嬉しいのだけれど」
「僕は魔法で飛んでくるだけだから別にいいんだけど……」
バーリマンさんの問い掛けに、僕はそう答えながらお父さんな顔を見上げた。
そう、僕はいいんだ。でも魔法で来るって事は1人で来るって事だし、それなら当然お父さんやお母さんに行ってもいいよって言ってもらわないといけないんだよね。
「ん? ああ、来てもいいかって事か。とりあえず俺は問題ないと思うが、一応シーラに聞いてみないとなぁ」
「そうだね。お母さんがダメって言ったら困るもん。帰って聞いてみないとね」
僕の視線に気付いたお父さんがそう言ったもんだから、バーリマンさんもそれじゃあ仕方が無いですねって納得してくれた。
「でも、ポーションの研究の事もあるので、なるべく早く来て貰えるとありがたいかな」
「まぁ一応聞いてみないといけないと言うだけで、錬金術ギルドのギルドマスターからのお誘いですから信用と言う面ではこれ以上のものは無いですからシーラも多分許可は出すと思いますよ」
一応黙って約束する訳には行かないってだけで、お母さんは多分許してくれるってお父さんは笑う。
街の外に飛んでくるのと違ってここなら特に危険は無いだろうから、それをちゃんと説明すれば許してくれるだろうってね。
ただ、何の心配も無いかと言うとそうでも無いらしい。
「あと一応大丈夫だとは思うけど、もし家に帰ってブラックボアの魔石がなかった時は少し時間がかかるかもしれません。ルディーンはまだ村で一緒に狩りに出てくれる人が居ないし、俺も急遽この街に来る事になったから村での細々とした用事を考えると狩りに出る暇が無いかもしれないですから」
「え〜、お兄ちゃんたちが森につれて行ってくれるって言ってたじゃないか」
「ルディーン。それはこの街に来るって決まる前の話だろ? あいつらも村でパーティーを組んでいる子たちとの予定もあるだろうから、もう今週は無理だ」
え〜、って事は、森に行く事ができないって言うの?
お父さんの話を聞いて、僕はがっくり来ちゃったんだ。
「おお、そうじゃ。ルディーン君には一応これを渡しておこうかのぉ」
馬車で錬金術ギルドまで送ってもらい、いよいよお別れってところでロルフさんがポケットからカードケースを取り出した。そしてそこからカード一枚抜き取ると、ペンで何かを書き込んだ。
「なに、ロルフさん。何かくれるの?」
「通行証のような物じゃ。東門に限っての話なんじゃが、これがあれば入街料を払わずとも町に入ることができるのじゃよ」
ロルフさんが言うには、これを持っている人はみんな別宅がある場所に勤めてたり、そこの仕事でイーノックカウに入る人なんだって。
だから冒険者ギルドで森に入るよって名前を書くと貰えるメダルと同じように、これを見せれば東門は素通りできるんだってさ。
「ルディーン君は錬金術ギルドの仕事を手伝ってくれるのじゃから、これを渡しても問題はなかろう。まぁ別宅から東門までは結構な距離もあるでのぉ、普段は馬車でギルドまで送らせるつもりじゃから必要は無いかも知れぬが念のためじゃ」
そう言ってカードを渡されたんだけど、それを見ても何故か何にも書いてなかったんだよね。
「あれ? さっきロルフさんが何か書いてたはずなのに」
「ああ、先ほど書いたのはわしの名じゃよ。ただ偽装ができぬよう魔力の篭った特殊なインクを使っておってな、ほれそのように普段は見ることができぬようになっておるのじゃ」
なんでも東門の外やイーノックカウの内壁の中には偉い人やお金持ちしか住んでないから、悪者が入って来れないようにこういう特別なインクを使った通行証が使われてるんだって。
「じゃからのぉ、けしてそのカードを無くすでないぞ。それはギルドカード以上にしっかりとして身分を証明する物じゃからな」
「うん! 無くしちゃって、それを悪もんが手に入れたら困っちゃうもんね」
「ほっほっほ、そうじゃな」
僕はロルフさんから貰ったカードを冒険者ギルドカードと一緒に首からかけているカードケースにしまった。そしてロルフさんとバーリマンさんにお別れの挨拶をした後、さっき見つけたいろんな物を露天商で買ってから村へと帰ったんだ。
■
カランカラン。
軽い音を立てるドアベルトは対照的に、錬金術ギルドのドアが勢いよく開かれる。
錬金術ギルドを訊ねてくるような者ならここにわしがいる事を知らぬはずは無いのに、珍しい事じゃ。
そう思って読んでいた本から目を扉のほうに向けると、そこには意外な人物が立っておった。
「おお、エーヴァウトではないか。珍しいのぉ。良いのか? 領主がこの様なところに顔を出して」
そこに執事と共に立っていたのはわしの孫で、現フランセン家の党首でありイーノックカウの領主でもあるエーヴァウト・ラウ・ステフ・フランセン伯爵じゃった。
エーヴァウトがこんな所に顔を出した事は今まで一度もない。それだけにわしは面を喰らったのじゃが、その表情を見る限り、どうやらそれ所ではないと言った様子じゃな。
「お爺様、これは一体なんです! どこで手に入れたのですか!?」
はて? 一体何を言っておるのかと思ってエーヴァウトが突き出したものに目を向けたのじゃが……なんじゃ、ただの小箱ではないか。
「何かと問われても、わしはそのような箱を見た事もないのじゃが? かなりの意匠が施された物の様じゃが、どこかの美術品かのぉ。そのような物なら、わしよりおぬしの方が詳しいであろう?」
「違います。この箱ではなく、問題何はその中身です」
ふむ、中身とな。ならばそれを見せてもらわねば、何の事を言っておるのか解らぬでは無いか。
「我が愛しの孫よ、少し落ち着きなさい。箱を開けずに見せられても、わしは鑑定解析のスキルを持っている訳ではないのじゃから、なにが入っているのか解らぬぞ」
ワシのその言葉を受けたエーヴァウトは慌てて手に持っていた小箱の蓋を開き、わしにその中身を見せた。
「コットン? いや、飴か」
するとそこの中に入っていたのは、ルディーン君が持ってきてくれた飴菓子。えっと確か雲のお菓子と言っておった、あれが入っておったのじゃ。
「そうです。お爺様から届けられた飴菓子です。これは一体なんですか! お爺さまは何時どこで、この様な絹糸より細い飴菓子を作る職人とお知りになられたのです」
ふむ。これはちと困った事になったのぉ。エーヴァウトは美食を好むからと届けさせたのじゃが、はてさて、伝えても良いものじゃろうか? これは特許案件じゃからのぉ。
ルディーン君から許可は取ってあるが、まだ登録作業には入っておらん。それだけに、我が孫とは言えこの地の領主であるエーヴァウトに話してしまっても良いのかどうか。
「どうなのです、お爺様。これを作った職人はどこに!?」
この剣幕からすると、わしが思っておった以上にこの雲のお菓子は価値があるようじゃな。
これはあくまでわしの予想じゃが、この表情からするとこの飴菓子はただの美食ではなく貴族としての社交で広げる武器になるほどの物なのじゃろう。ならばここで話してしまうと、とんでもない事になりかねん。
何せこの飴菓子を作る魔道具の権利はルディーン君が持っておるのじゃから、ここで話せばこの孫の事じゃ、すぐにグランリルの村まで押しかけることじゃろう。そうなればわしが貴族である事が彼に知られてしまうではないか。そうなればもう、今までのように気軽に接してはくれぬようになるじゃろう。
それだけは避けねばならぬな。
「まぁ落ち着け、我が愛しの孫よ。この菓子は昨日このギルドを訪れた客から頂いた物じゃ。珍しい菓子じゃから、お主に贈れば喜ぶじゃろうとは考えたが、そこまで執着する程のものをは思わなんだから詳しい話までは聞いておらぬのじゃ。すまんのう」
「そうなのですか。これ程の物ならイーノックカウから中央へ発信する、いい流行になると思ったのですが……」
わしの答えにがっくりと肩を落とすエーヴァウト。
すまんのぉ、我が愛しの孫よ。。失われた転移魔法の使い手であり、奇想天外の発想で色々な新事実を発見するルディーン君とのつながりを、今はまだ失うわけには行かぬのじゃ。
気落ちしたまま、ゆっくりとドアの向こうに消えて行く孫の背中を見つめながら、わしは真実を告げられなかった事を心の中で詫びる。
そして。
「雲のお菓子を作る魔道具じゃが……勅許に登録するのはしばし待った方が良さそうじゃな」
社交に使えるほどの物と解った以上、簡単に情報を開示するわけにはいかぬ。あくまで今は話せないというだけで、領地の利益となり社交にも使えるとなればみすみす手放すのは惜しいからのぉ。
それにこのまま登録してしまうと、発案者であるルディーン君が貴族同士の争いに巻き込まれてしまう恐れがある。それだけは絶対に避けねば。
「ギルドマスターが帰ってきたら、早速相談せねばならぬのぉ」
雲のお菓子と言う駒をこの先、いかにしてルディーン君に迷惑をかけぬよう広めるかを考えねばならぬからな。